下流の人生 その1 広田敏雄はスポーツバッグを手に背を丸め、夏の蒸し暑い夜道をとぼとぼと歩いていた。彼が大学を卒業した時は就職氷河期の真っ只中で就職が決まらず、やむなくアルバイトを転々として現在は派遣登録し、その日暮しを送っている。この不況で仕事も少なく、月の半分も働けなかった。定職に就けない事で両親と大喧嘩し、家を飛び出して十年以上になる。最初は住み込みの寮に入っていたが、そこの派遣業務が打ち切られると追い出され、現在はネットカフェや個室ビデオ店で寝泊りしている。仕事にあぶれている敏雄には、その支払いさえ大きな負担であった。最近は就職状況も少し好転したようだが、三十五歳になった彼は既に年齢ではじかれてしまうようになった。
敏雄はため息をついて、暗い未来と同じ位に暗い夜道を当ても無く歩いていると、見覚えのある建物に着いた。それは彼が派遣の仕事で引越し作業した事のある、大学の女子寮だった。敏雄は作業中に、管理人が管理人室で現金を数えていた事を思い出した。 (うまく管理人室に忍び込めば、金が手に入るかも…) 所持金が底を尽き、ネットカフェすら泊まれなくなった敏雄に悪魔が囁いた。 (ヤバイと思ったら逃げればいいし、捕まっても留置場で三食昼寝付きの生活だ。どうせ自分に失う物なんて無いんだ。) 困窮して良心が麻痺した敏雄は、スポーツバッグの中から派遣会社に買わされた工具のドライバーを取り出しポケットに入れ、周囲を見廻し塀に手を掛けてよじ登った。出来るだけ音を立てないように、庭に飛び降りる。深夜であたりは静まり返っており、足と草が擦れる音さえ気になった。ゆっくりと管理人室の窓に近づく。後少しで窓に手が届くというところで、足にロープのような物が引っ掛かり、その途端ピーピーと警報音が鳴った。 (まずい、警報装置だ!) 敏雄は踵を返して走り出した。その前をばらばらと五・六名の人影が立ち塞がった。 「畜生、どけ、どけ!」 彼はドライバーを振り回し、一番近くにいた人影にそれがかすった。しかし長い棒の様な物でドライバーを叩き落され、みぞおちを突かれた。 「ぐえっ」 呻き声を上げ、体をくの字にした敏雄の首筋に何か固い物が叩きつけられ、そのまま気絶してしまった。 気がつくと敏雄は後ろ手にロープで縛り上げられ、女子寮のホールに転がされていた。彼の周囲には六名の女子大生が立っていた。 「あら、気がついたみたいよ、この変態男。」 「ようやく捕まえたわ、この下着泥棒め!交代で番をしてた甲斐があったわね。」 「何回も続けて下着を盗めば捕まる事ぐらい分からないのかしら。」 彼女達は敏雄を足で小突きながら、口々に罵った。どうも下着泥棒に間違えられ、その網に掛かってしまたようだった。敏雄は慌てて喚いた。 「ち、違う!僕は下着泥棒なんかじゃない!」 「だったら何者よ!何で深夜に女子寮に忍び込んだのよ!」 まさか金を盗みに忍び込んだとも言えず、敏雄は黙り込んだ。 「答えられないのね。やっぱりお前が下着泥棒なんでしょう!」 敏雄は答えられず、顔を背けた。このまま警察に引き渡されるのか…まあ仕方が無いと観念したが、予想外の事を言われて血の気が引いた。 一人の女子大生が腕まくりし、敏雄のドライバーで付けられた殆ど見えない位の軽微なかすり傷を見せつけて、こう言い放ったのだ。 「お前は私の身体を傷つけたのよ!これでお前はもう、ただの窃盗犯じゃないわ。事後強盗よ、強盗致傷罪が成立するわ。それに住居不法侵入罪、私の服に傷がついたから器物損壊罪、ドライバーを所持していたからピッキング法違反に軽犯罪法、私達に抵抗したから暴行罪、それから今までの窃盗罪が加算されて懲役十五年は堅いわね!」 彼女は法学部みたいで、もっともらしく罪名を並び立て、敏雄は顔色が真っ青になった。このまま警察に突き出されたら、刑務所を出た時に自分は五十歳になってしまう。彼は縛られた不自由な体をよじり、正座して額を床に着けて懇願した。 「お願いです。警察だけは勘弁して下さい。どんな償いでもします、何でも言う事を聞きます。」 敏雄がしでかした今夜の犯罪行為はせいぜい懲役一年半位のもので、初犯だから確実に執行猶予が付くのだが、法律に詳しくない彼は女子大生の言った事を信じ込み、怯え切った。 「 都合のいい事ばかり言うんじゃないわよ、この変質者が!」 敏雄は別の女子大生に蹴り飛ばされ、床を転がった。 「真奈美、早く110番して。」 腕のかすり傷を見せた女子大生が隣の女子大生に声を掛け、彼女が携帯を取り出し、敏雄は目の前が真っ暗になった。その時、別の女子大生から声が掛かった。 「通報はちょっと待って。」 彼女は敏雄を見下し、尋ねた。 「お前、私達の言う事は何でも聞くと言ったけど、本気で言ってるの?どんな償いでもするの?」
「は、はい、何でも言う事を聞きます。どんな償いでも致します。ですから警察だけは許して下さい。」
敏雄は必死に哀願し、彼女はにやりと邪悪な笑みを浮かべた。
加奈子が一喝し、敏雄はホールの床に正座した。
「まず、女御主人様達の名前を覚えてもらわないとね。自己紹介するわ、私は加奈子よ。」
加奈子は自分の名前を言うと、敏雄の頬に力強く平手を張った。
「私は美由紀よ。よく覚えておいで。」
美由紀も自分の名前を言った後、平手打ちした。同じ様に真奈美・梨恵・久美子・彩香も自分の名前を言ってから、敏雄に平手打ちをして、彼の両頬は真っ赤になった。
「私達だけに自己紹介させるんじゃなくて、お前もしなさいよ。」
加奈子に促され、敏雄は震え声で自分の名前を言った。
「私は広田敏雄と申します…宜しくお願い致します…」
その途端、加奈子から強烈な平手打ちを張られ、思わず悲鳴を漏らした。
「お前みたいな下着泥棒の変質者に、名前なんか必要無いわよ。お前は“男奴隷”と呼ぶわ。私の事は“加奈子様”とお呼び!」
「は、はい、分かりました、加奈子様…」
敏雄は頬の痛みと屈辱に耐え、絞り出す様な声で返事をした。他の女子大生が彼の前に立った。
「私の事は、何て呼ぶの?」
六名の名前を一度に覚えられなかった敏雄は、うろ覚えで答えた。
「あの、その、梨恵様…?」
またも強烈な平手打ちを浴び、罵られた。
「私は真奈美よ!よく覚えといで、この馬鹿奴隷め!」
年下の女性に平手打ちされ、罵倒されるのはたまらなかったが、敏雄は頭を下げるしかなかった。
「申し訳ございません、真奈美様。」
真奈美は敏雄を足蹴にして、叱り飛ばした。
「最低の男奴隷の分際で、女御主人様の名前を間違えたりするんじゃないわよ!次に間違えたら、お前の体に私の名前を刻み込んでやるからね!」
敏雄の前にまた別の女子大生が立って、尋ねた。
「私は何と呼ぶのかしら?」
「はい、ええと、あの、由紀子様…?」
彼女は敏雄の髪を掴んで、目が眩む程の力強い往復ビンタを張った。敏雄の口から悲鳴が漏れる。
「そんな名前の子はいないわよ!私は彩香よ。いい加減な事ばかり言って、ごまかそうとするんじゃないよ!」
「ひいっ、申し訳ございません。お許し下さい、彩香様。」
こんな調子で、敏雄が六名全員の顔と名前と一致させて覚えるまで、かわるがわる強烈な平手打ちを浴び、彼の頬は真っ赤に腫れ上がってしまった。
敏雄が名前を覚えたところで、加奈子は古い洗面器を彼の前に置いた。
「これがお前の朝食よ。男奴隷には贅沢が過ぎるけど、遠慮しないで食べなさい。」
洗面器には歯形のついたトースト、食べ残した野菜や魚、ご飯粒にまみれた煮物等に味噌汁とコーンスープが掛けられた残飯が入っており、見ただけで吐き気を催した。敏雄は昨日から、ろくに飯を食っておらず空腹であったが、さすがに口をつける気にはならなかった。敏雄がためらっている様子を面白そうに見ていた加奈子は、妙に優しい声を掛けた。
「あら、どうしたの?お腹が空いてないの?じゃあ、食欲が出るように味付けして上げるわね。」
加奈子は洗面器に顔を近づけ、かー、ぺっと痰を吐いた。それから他の女子大生に声を掛けた。
「みんなも男奴隷のために味付けして上げて。」
彼女達も面白がって次々に唾や痰を吐き、敏雄は顔色を変えて体を震わせた。
「これで美味しそうになったでしょう。さあ、召し上がれ。」
加奈子は意地悪く敏雄に言ったが、さすがに彼は残飯から顔を背けた。
「あら、皆がせっかく味付けしてくれた朝食が食べれないの。お前は皆の好意を無にするのね。」
彼女は真奈美に目配せした。真奈美は竹刀を手にすると、思いっきり敏雄の背中を打ち据えた。
「ぎゃあーっ」
背中全体に広がる激痛に敏雄は悲鳴を上げ、正座の姿勢を崩して横倒しになった。真奈美は竹刀を振り上げ、横になった彼の尻を渾身の力で叩いた。
「ひいっ、痛い、止めて、止めて下さい。許して下さい。」
敏雄は竹刀の痛みに泣き喚き、許しを請うたが、真奈美は許さなかった。
「男奴隷のくせに、私達がせっかく用意して上げた朝食にそっぽを向くなんて、どういうつもりよ!お前は自分の身分が、まだ分かってないのね。体に教えて上げるわ!」
真奈美は更にもう一発、敏雄の尻に竹刀を振り下ろした。敏雄はあまりの痛みに泣いて懇願した。
「うあーっ、許して、許して下さい。食べます、朝食を食べますから。」
加奈子が敏雄の頭を踏みにじり、叱りつけた。
「言葉使いがなってないわね。“食べます”じゃなくて、“頂かせて下さい”でしょう!」
敏雄は痛みとあまりの惨めさに涙を流し、体を震わせて哀願した。
「…頂かせて下さい。皆様が御用意された朝食を頂かせて下さいませ。」
加奈子が敏雄の頭から足を外し、彼は身をよじらせて正座の姿勢に戻った。そして洗面器に顔を近づけたが、ぐちゃぐちゃの残飯に吐き掛けられた唾や痰を間近にして、なかなか口をつけられなかった。加奈子は敏雄の後頭部に足を掛け、冷たく言い放った。
「もう、お前は人間じゃなくて家畜以下の奴隷なのよ。最低の奴隷らしく餌をお食べ!」
加奈子は足に体重を乗せ、敏雄の顔を残飯にめり込ませた。彼は全てを諦めて吐き気をこらえながら、ぺちゃぺちゃと音を立てて残飯を食べ始めた。その様子を見ていた他の女子大生達から嬌声が上がった。
「きゃあ、よくこんな汚い物が食べられるわね。こいつはもう人間じゃないわ。」
「女の下着を盗むような変質者は、元々人間じゃないわよ。うじ虫よ、うじ虫!」
「そうね、最低のうじ虫には私達の残飯でも、勿体無いくらいよ。」
彼女達は敏雄が汚らしい残飯をあさる姿を目の当たりにして、ますます侮蔑の念を強くしたようだった。敏雄の耳に彼女達の蔑みの言葉が響き、屈辱のあまり体が震えて、涙が残飯の上に滴り落ちた。しかし、今の彼には残飯を食べ続ける事しか出来なかった。
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GAL Junkie 2 梅宮リナ
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