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◆SPIT MEさんからのご投稿
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                              遊戯の終り PART1
今日も一日が終了し、教室は帰ろうとする生徒、部活に急ぐ生徒のにぎやかな声に満ちていた。ここ聖仙学園高校1年1組の教室で、櫻井勝弘はフウッと意味もなく溜め息をついた。6月の今、各クラブの勧誘も終わったが勝弘はどこにも属していなかった。県内の偏差値最上位校である聖仙に入学したはよかったがそこが限界、授業についていくのに精一杯の勝弘には、どこかのクラブに入る余裕など全くなかった。かといって直ぐに帰る気にもならないし帰っても家には共稼ぎの両親をはじめ、誰も帰っていない。寂しさがつのるだけの放課後は時間つぶしに困り、孤独感だけを募らせる一番嫌いな時間だった。どうしようかなあ・・・でも帰って復習しないと・・・返されたばかりの中間テストの成績を思い出した。最下位から5位、酷い成績だった。あれだけやったのにな・・・奇跡的に合格したはいいものの、自分の学力が学年最下位クラスなのを思い知らされる成績だった。誰もいない家で、一人机の前で勉強か・・・小柄で細身、性格も陰気な勝弘は、未だ友達らしい友達もいない。どこかクラブにでも入ろうかな、何度となく考え、その都度諦めた考えに頭を振る。無理だよな、運動なんか全部ダメだし、かといって音楽も美術も全然好きじゃないし・・・好きなのは・・・漫画?それも読むだけだもんな。描くのなんか全然できないし。ハアッ、外の景色に目をやった。梅雨の晴れ間、珍しい程の青空が不快だ。こんな日に限って天気も良くて日が暮れるのだけは遅いし、部活やってる連中は気持よさそうだし・・・つまらない・・・溜め息をつきながら荷物をまとめ、帰ろうとした勝弘を、凛とした声が咎めた。
「ちょっと櫻井君、今日掃除当番でしょう!?ズルして帰っちゃダメ!ちゃんと手伝ってよ!」
ビクッと震えた勝弘が振り向くと、一人のクラスメートが睨み据えていた。ショートカットの髪を前髪だけ長く伸ばし流している。小さな顔に大きな瞳が映える。どんぐり眼ではない、むしろ切れ長といった感のあるやや吊り目の、黒目がちな瞳は強烈な意志力と他人を射竦めるようなカリスマに満ち溢れ、同時に吸いこまれそうな透明感も兼ね備えている。じっと見詰められると、圧力を感じる程の目力を放つその瞳は、一たび怒気をはらめば男女を問わず、まともに目を合わせることなど到底できない、魔眼と呼ぶのが相応しい程の迫力となる。さほど背は高くないが、引き締まった体はいかにもアスリートらしく、運動神経に満ち溢れ俊敏そうだ。声の主は住吉真希、バスケ部の新鋭でクラス委員、成績も学年トップとの噂の美少女。上品で育ちがよく、実家も裕福なお嬢、甘やかされた我儘ではないが極めて真面目で正義感が強く、曲がったこと、筋の通らないことが大嫌いな優等生。余りにストレートな、誰はばかることない王道の美少女は、勝弘のように歪んだ卑屈な小男には一番苦手な相手だった。別に苛められた訳ではない。相手にもされていない。だが何もない勝弘にとって、成績も運動神経も男女を問わずの人気も、全てを持っている真希は羨ましいを通り越して眩し過ぎ、疎ましい存在だった。
口などききたくない、話などしたくない。顔を見るだけでコンプレックスで居づらくなる。その真希に睨み据えられた勝弘は、ビクビク怯えながらも珍しい感情に押し包まれた。居場所のなさを嘆いていた寂寥感か、心地良い晴天への鬱憤だろうか。それだけではない、生理的といってもよい程の嫌悪感、最も苦手とする真希に、高々掃除をさぼったことで咎められたことに対する嫌悪感が、勝弘の小さな体にどす黒く渦巻いていた。真希が正しい。無論、真希が正しい。そんなことは自分自身が百も承知なだけに、余計悔しかった。
「いい・・・いい、じゃない・・・」
肩を震えながら呟く勝弘に、真希は怪訝そうに首を傾げる。
「何?いいじゃない、て、どういうこと?」
「そそ、そうじ、掃除くらい・・・」
言いながら言葉をつなげられない。どど、どう言ったら・・・そう、そうだ、そうだよ!天啓が閃いた。
「そ、掃除くらい・・・じょじょ、女子、女子で・・やや、っといて、よ・・・」
「え、何、櫻井君・・・なにバカ言ってるの?」
余りの言い草に、真希は口を開けたまま呆れていた。
「だ、だ、だって・・・ぼ。僕、か、帰って、勉強しなくちゃ・・・」
プフッ!真希は思わず失笑した。
「バッカじゃないの!?櫻井君ったら、そんな掃除もできないほど急いで帰って勉強しなくちゃいけないほど、ご立派な成績じゃないでしょ?」
笑いながらストレートに、真希は急所をついた。
「ま、櫻井君がお勉強しようがしまいがどうでもいいけどさ、掃除当番位はちゃんとやってよね。」
バカの相手なんかしてられない、とばかりに真希は他の当番仲間に何事かを囁いた。頷きながら全員がさっさと教室中の机を後ろに並べ、掃除を進めた。きれいに教室を掃き終えゴミも捨てたところで、その場から逃げることすらできずに呆けている勝弘に、真希が振り向いた。
「さ、私たちはちゃんとお掃除したから、せめて机を元に戻すのくらい、やっといて頂戴ね。」
「え、そ、んな・・・も、どす、て、ぼ、僕だけで!?」
唖然とする勝弘を無視し、真希は当番仲間に声をかけた。
「さ、行こうか。部活も始まっちゃうし、お勉強命くんのお邪魔しちゃ、悪いもんね!」

さっさと荷物をまとめ、呆然とする勝弘を一切無視して真希たちは教室を出ていった。誰もいなくなった教室が、勝弘の寂しさを余計に掻き立てる。真希の命令なんか無視して、帰っちゃおうか。だけど・・・クラス委員で気の強い真希に逆らったら、どんな目に会されることやら。
「チェッ、いい気なもんだよな、女王様気取りで・・・」

誰にも聞いて貰えない悪態を突きながら、机を並べて行く。筋力など全くない勝弘にとって、40人分の机と椅子を並べるのはかなりの重労働だ。漸く最後列にさしかかったところで、ふと手が止まった。この机・・・真希のだ!思わず机を叩いた。バーン、軽い音が響く。
「ざまみろ、ぼ、ぼぼぼ、ぼくをバカにしやがって。」
呪いの言葉を吐きながら、ささやかな復讐に酔い痴れる。
「お前なんか、こうしてやる!」
机の足を蹴ろうと右足をあげた。ガンッ
「ウグウッ・・・」
脛を押さえて蹲ってしまう。どこまでも鈍い勝弘は、机の足に脛を打ち当ててしまい、見事に痣をこしらえてしまったのだ。
「ったく・・・机までも可愛げない・・・」
蹲り右足を抱えながら呻く勝弘の視線が、不意に止まった。真希の一つ前、本川唯花の机の中にその視線は釘付けになっていた。高校入学と同時に、東京に上京してきたばかりの唯花、まだ鹿児島訛りも強いが、真希とは違う路線で可愛く、またマーチングバンドでトロンボーンを奏でる、クラスの花の一人だ。人当たりが良く、少なくとも表面上は真希よりも大人しそうな唯花、長い髪をたなびかせトロンボーンを吹く唯花の姿は、覚えたての自慰の絶好のターゲットだった。その唯花の机の中に、透明なビニール袋に入れられた金色のマウスピースが、無造作に入れられていたのだ。ごくっと喉を鳴らしてしまう。教室には誰もいない。そっと手を伸ばし机の中からマウスピースを掴みだす。心臓がバクバクと踊りだす。楽器店の袋ではない、大分傷んだその袋の中のマウスピースは新品ではない、かなり使い込まれたもののようだった。
こここ、これを・・・ゆ、唯花ちゃんが・・・毎日、ふふ、吹いてる・・・唯花の歯並びの良い、大きな口が鮮やかに脳裏に蘇る。全身の血流が加速していく。いけない、ここ教室・・・微かな理性などあっという間に吹き飛んでしまう千載一隅のチャンス。誰もいない教室で唯花ちゃんのマウスピースをゲットなんて・・・こんなチャンス、もう二度とない・・・もう止まらない。家へ、あるいはトイレあたりへ持っていく、という知恵すら回らず、本能に急き立てられる。震える手でビニール袋からマウスピースを取り出した。愛おしげに撫で回し、両手で押し戴きながらカップに鼻を近づける。ツーンと刺激のある金属質な臭いがする。金管楽器であるトロンボーンの、金属の匂いだけではない。このマウスピース、唯花が使っているマウスピースに特有の臭いだ。「唯花ちゃんの・・・唾の臭いだ・・・」た、堪らない!必死で舌を伸ばし、カップの縁を内側を舐め回す。
「あああ・・・唯花ちゃんと間接キス・・・」
人気者の唯花が自分とキスなどしてくれるわけがない、そんなことは十二分に分かっているからこそ、このマウスピースは最高の味だ。
「ハ、ハッハッッッ、ハヒ、ハヒハヒイッ!」
興奮が奔流となって粗末な一物に流れ込んでいく。もうどうにも止まらなかった。右手でベルトを外しパンツをブリーフを下ろす間も、意地汚くマウスピースを舐め続ける。左手でマウスピースをしっかり握りしめながら膝立ちになり、右手で粗末な一物をしごく。あっという間にフィニッシュが近づいてくる、こみ上げてくる。この快感をもっと楽しみたい、このオナニー・・・今までで一番気持ちいい一コキを・・・ああ、もう押さえようがない。
「ば、ばばば・・・バーンボーーレーーッ!」
奇声をあげつつ勝弘は絶頂に達した。教室の前ドアが開けられたことも、二人の生徒が入ってきたことにも気付かずに。

「キャアアッ!何してるのよ!」
甲高い悲鳴に我に返った勝弘が目を向けた先に、樹理と唯花が立っていた。マウスピースを忘れた唯花が、クラスメートの樹理と一緒に取りに戻ったのだ。そして二人がドアを開けた瞬間に目撃したものは、何かを咥えながら下半身を剥き出しにし、「バンボーレ!」と叫びながら仰け反っていく勝弘の姿だった。
「ああ、それ・・・私の・・・マウスピース・・・!」
目を点にし、唯花が凍りつく。そして自分の物でないだけ、一瞬早く樹理が正気に還った。
「ちょ、ちょっ、ちょっと!み、みんな来て!た、たいへん、大変よ!」
叫びながら駆けだす樹理を追いかけようと、勝弘は反射的に立ち上がった。
「ま、ままま、待って、ち、違う・・・あうっ!」
大慌てで、ブリーフを上げるのも忘れて駆け出そうとした勝弘は足を絡ませ転び、顎をしたたかに打ち据えてしまった。
「あうっぶうううっ・・・」激痛に呻く勝弘に破滅の音が、樹理が大声で触れまわる声と、バタバタと駆け集まる声が無情に響いた。


フウウウッ、昨日は大変だった・・・昼休みの教室に入ろうとして、勝弘は大きく溜め息をついた。担任、学年主任、生活指導教員の前で、教員にも唯花にも土下座せんばかりに詫び、何とか停学・退学だけは免れた。昨夜から今日の午前中、校長、教頭をはじめ多くの教員に死ぬほど説教され、呼び出され大慌てで駆けつけた父は多くの教員、そして唯花と唯花の家族の前で土下座して詫び、顔を真っ赤にして激怒しながら勝弘の首が曲がるほどの勢いで張り倒し、母は我が子の変態ぶりに呆然と泣いていた。今朝も朝一番から呼び出され、耳がキンキンするほど説教され山のような始末書と今後3カ月にわたって毎日反省文を書かされることとなった。本来は退学・停学となるところだが、昨日の勝弘の父の余りの激怒に気押された唯花の両親が、勝弘の家庭を信じる、と言ってくれたおかげでなんとか最悪の処分だけは免れた、といったところだ。漸く教室に行くことを許されたところだが、何とも入りづらい。昨日の事件はもうクラス中全員が知っていること確実なのだから、肩身が狭いことこの上ない。だがいつまでも立ち竦んでいる訳にも行かない、廊下のあちこちで自分を指差し揶揄する声が聞こえる。ここにいたって・・・意を決してドアを開けた。ざわめいていた教室が一瞬にして凍り付く。クラスメートの、特に女子生徒の視線が針のように突き刺さる。唯花の席を見たが、誰もいない。今日は欠席なのか遅刻なのかも分からないが、兎に角今はいない。だが丁度その時、蒼白い顔をし憔悴しきった唯花が登校してきた。

「ちょっと唯花、大丈夫なの?無理しないで休んだ方が良かったんじゃないの!?」
心配そうに駆け寄る樹理や真希に、唯花は憔悴しきった声で答えた。
「だいじょぶ、大丈夫・・・あんなこと、田舎でもやられたことないけど・・・だけどさ、こんなんであたしが負けてちゃいけないよね・・・」
「そうよ唯花、唯花が負けるなんてダメよ。あんなクズに負けるだなんて・・・」
真希の魔眼が怒りに蒼白く燃え上がる。
「いけしゃあしゃあとのさばってる、あんなクズに負けるなんてね・・・」
怒りに燃えた瞳で勝弘を見据えた真希が、大声で宣告した。「みんな座って!臨時クラス会議を開催するわ!」臨時クラス会議、黒雲のように嫌な予感がこみ上げる。
クラス委員の真希が教壇に上がり、当然のように議長に就いた。
「みんな知ってるよね?昨日、勝弘が何をしたか。唯花のマウスピースを舐め回してそれで・・・嫌らしいことをしてたことはね!?」
流石にオナニー、という言葉は口にしたくない。だがもう、真希は勝弘のことを君付けなどせず、呼び捨てにしていた。
「先生たちの前でお父さんに張り倒されて、唯花のご両親も納得したから、て言ったって、勝弘のこと、このまま赦しておけるわけないんじゃない!?私たちの手で懲らしめてやらなくちゃ、絶対納得できない!違う!?」
怒りを露わに真希は檄を飛ばす。美人なだけに、柳眉を逆立て怒った貌は迫力満点だ。優等生だけに、刑罰を求める声は秋霜烈日、検察官のようだ。目を向けられた男子の委員、大野が答えた。
「懲らしめる、ていうのは賛成だけどさ、どうやる?」
真希の眉が吊り上がる。「どうやるって、そんなこと位、大野君たちが考えてよ。」真希の権幕に気押されながらも、何とか大野は応じた。
「いいけどさ、俺たち男子がやったって、大したことはできないよ。勝弘が何やったか、みんなとっくに知ってるだろう?これで俺たち男子がリンチしてこいつが怪我でもしたら、こっちが悪者じゃん。第一さ、こんな奴、殴る蹴るなんかしたって、その場で痛い思いするだけで絶対堪えないよ。」
一瞬、真希は考え込んだ。一理ある。確かに男の子同士でリンチさせたって、殴る蹴るだけで単純よね。そんなんじゃ生温すぎるわ。だったら・・・
「そう、分かった、私たち女の子がリンチした方が、堪える、てことね。確かに、男同士で殴られたりするより、私たち女の子にリンチされた方が勝弘にとっても辛そうよね。じゃあ、私たち女子がリンチするなら、勝弘が逃げたり反抗したりしないように手伝ってくれるわね?」
「ああ勿論、勝弘のこと、赦してやれなんて言ってるんじゃないからさ。なあそうだよな?」大野の声に、男子全員が賛成の声を上げた。
「いいわ。じゃあ私たち女の子がリンチするから、男子のみんなも手伝ってね。」
真希は手際よく議題を進める。
「じゃあ女子がリンチするとして、誰がやるか決めなくちゃね。」
クラスを見渡した。
「樹理はどう?昨日現場を目撃した樹理が、一番怒ってるんじゃない?」「私が?無理よ、私だって凄く怒ってるけど・・・もう近寄らないで、て感じよ。大体私、リンチなんてどうするか、考え付けもしないよ。」
どちらかというと普段、ボーッとしている樹理だけに、妙に納得させられる。
「そう、無理か・・・景子はどう?」
北原景子に目を向けた。真希と同じく気が強い美人ではあるが、どこか崩れた感じがあり、聖仙にしてはやや品が悪い部類に入る。
「私?いいよ私がリンチしても。だけど」
景子は真希をじっと見詰めた。
「今、大野が言ったこと、てさ、いいポイントついてると思うんだ。勝弘みたいなやつにとって、一番辛いのはどういうことかな?逃げ場も言い訳も一切効かない状況でリンチされることじゃないかな。私がぶったり蹴ったりしてリンチしたらさ、勝弘みたいなクズのことだもん、痛い痛い、てその場で泣き喚くだけで、俺のことリンチするなんて、北原みたいな意地悪女は本当に酷いよな、て私のせいにして自分を慰めちゃうと思うんだ。そんなことさせたくないでしょう?言い訳の余地なんかこれっぽっちもない、惨めな目に遭わせてやりたいでしょう?」
一旦言葉を切った。
「それにはさ、誰もが認める優等生で、普段リンチなんてこと絶対しそうにない子、そんなことをやりそうな連中がいたら、真っ先に止めに入るような優等生タイプの子がリンチした方がいいと思うんだ。そんな子にリンチされるからこそ、勝弘も死にたくなるほどの屈辱、味わうんじゃないかしら。分かるよね真希、誰のことを言っているのか。」
景子は一旦言葉を区切った。
「そうよ、真希がリンチするのが、一番効くと思うの。真希みたいな真面目な優等生にリンチされるからこそ、勝弘が一生忘れられないくらいの屈辱になると思うんだ。」

「え、私が!?」
一瞬驚いた真希は景子を見詰めた。まさか私がリンチするだなんて、考えてもみなかったけど・・・動揺しながら真希は、勝弘を睨み据えた。でも、景子の言う通りかもしれない。勝弘が自分のことを苦手とし、怖がっているのは真希もよく分かっていた。掃除を命じたのも私、勝弘が唯花のマウスピースを穢すチャンスを作っちゃったのも私・・・じっと勝弘を睨み据える。おどおどと恐怖に満ちた目で自分を盗み見る様が、何とも穢らわしい。卑屈に怯えながら、惰弱な希望を微かに浮かべた視線が吐き気を催すほどおぞましい。勝弘ったら、私がいざ自分がリンチするとなったら、怖気づいてやっぱりやめよう、何て言いだすのを期待しているのね。この・・・クズは!新たな怒りと共に、真希は決意を固めた。よおし。大きく息を吸った。
「いいわ、言いだしっぺだしね、私がリンチするわ。」
チラッと時計を見た。昼休みはもう余りない。
「今はもう時間がないから、今日の放課後、クラスルームが終わり次第、勝弘をリンチするわ。逃げたり逆らったりできないように、みんなも手伝ってね。」
くうううっっっ、教室に微かな呻き声が響いた。勝弘の嗚咽だった。真希に、よりによってクラスで一番苦手な真希に、一睨みされただけでコンプレックスの塊にさせてしまう真希にリンチされる。その恐怖と絶望に耐え切れずに、早くも嗚咽を漏らしていた。
チャイムが鳴り、5時間目が始まった。真希は硬い表情のまま、殆ど一言も発せずに授業を受けていた。そして休憩時間に、唯花が尋ねた。
「真希・・・勝弘のことリンチするって、どうやるの・・・無理、しないでね。ううん、勝弘のことなんか、これっぽっちも心配してないよ。真希のことが心配なの。だってぶったり蹴ったりして怪我させちゃったりしたら、真希がまずいことになっちゃうんじゃないの?」
「大丈夫。心配しないで。」
ゆっくりと真希が答えた。
「私もね、さっきは思いっ切り殴ってやろう、剣道部から竹刀とか木刀とか借りてきて、思いっ切り殴ってやろうか、て思っていたわ。だけどね、景子の言ったことをよく考えてみたの。ぶったり蹴ったりしても、勝弘みたいなクズは逆恨みするだけだ、と言ったことをね。そうだと思う。ぶったり蹴ったりするだけだなんて、生温すぎるわ。だから私ね、勝弘の精神をグチャグチャに踏み躙ってやるわ。一生忘れられない位の辱めを与えて、消しようがない位のトラウマを刻み込んでやるわ。」
冷笑、唯花が寒気を感じる程の凄絶な冷笑を浮かべた。
「勝弘の体には、傷一つつけないと思うわ。だけど・・・気が狂いたくなるほど辱めて、再起不能にしてやるわよ。」
真希の邪眼に射竦められ、勝弘は心の底から震え上がっていた。リンチ・・・リンチ・・・何をされるんだろう・・・引っ叩かれる?蹴りのめされる?真希と唯花の話など聞こえもせず、勝弘はひたすら肉体的な苦痛だけを恐れていた。自分を憎々しげに睨み据えた、真希の美しくも恐ろしい形相が頭にこびりついて離れない。女の子にリンチされる・・・非現実的な真希の宣告、だが真希なら、あの形相の真希なら・・・本当に僕をリンチするに違いない・・・女の子に殴られ蹴られる・・・悪い夢としか思えないほど強烈に屈辱的だ。だけど・・・微かな救いを必死で見出そうとした。・・・大丈夫、どんなに怒ってたって、真希は女の子なんだから・・・そんな酷いことにはならないよ・・・大して痛くはないさ・・・でもまさか・・・なんか道具とか使わないよね・・・竹刀とか、木刀とか・・・
勝弘はリンチと聞いて、単純な暴力だけしか想像できなかった。少しでも痛くなく済めばいいな、それ以外のことは、一切考えていなかった。真希が竹刀とか木刀とか、そんな単純なリンチなんか考えてもいないことなど、想像することすらできなかった。何をされるか分からない恐怖が、勝弘の惰弱な精神をゆっくりととろ火で炙る。5時間目、休憩時間、そして6時間目・・・教室の壁に掛けられた時計が、轟音にも似た音を立てて時を刻んでいるようだ。胃の中がせり上がってくるような恐怖。ゆっくりと時を刻む、時計の緩慢な動きが呪わしい。嫌、リンチなんかされたくない・・・このまま時間など止まって、との願いを嘲笑うかのように、止まることなく動き続ける秒針が忌わしい。
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