下流の人生 その5 翌朝、女子大生達に囲まれた敏雄は、加奈子から自分が着ていた服と持っていたスポーツバッグを投げつけられた。
「首輪を外して、服を着なさい。」
加奈子に命じられ、敏雄は久しぶりに服に袖を通したが、一ヶ月間も全裸でいたので、皮膚に布が擦れて違和感があった。
「お前のおかげで寮もきれいになったし、まあまあ楽しめたから、特別に報酬を上げるわ。一人千円も出したんだから、感謝しなさい。」
加奈子から六千円受け取った敏雄は、彼女の足下に土下座して礼を述べた。
「本当にありがとうございます、加奈子様。」
「礼はいいから、さっさと出て行きなさい。二度と、この辺りに近づくんじゃないわよ。もし、もう一度寮に侵入したら、今度こそ虐め殺してやるからね!」
「は、はい、分かりました。失礼致します。」
敏雄はスポーツバッグを抱え、逃げるように女子寮を出た。
実は女子大生達は、敏雄が下着泥棒ではない事を知っていた。彼のスポーツバッグから下着は出てこなかったし、彼を奴隷にした五日後に下着泥棒が他所で捕まり、彼女達は警察で自分達の盗まれた下着を確認していたのだ。
しかし夜中に女子寮に忍び込んだ敏雄も似たような輩だろうと考え、そのまま奴隷として虐待したのだった。
敏雄は渡された六千円で電車とバスを乗り継ぎ、北関東にある実家に十年ぶりに帰った。久しぶりに息子と再会した両親は喜び、驚いた。敏雄は顔色が死人の様に悪く、頬がこけ、ふらついて、まるで幽霊のようだった。彼は実家で三週間位、殆ど寝たきりで過ごした。
敏雄は実家で静養した後、父親の口利きで清掃会社で働くようになった。社長は三十五歳の敏雄を使うのを渋ったが、アルバイトとしてならと働かせてもらった。彼は女子寮でしごかれた成果か、どんな汚い作業でも黙々とこなし、顧客から理不尽な文句を言われても逆上することなく頭を下げるので、社長は使える奴だと喜んだ。
しかし彼は正社員には、させてもらえなかった。年齢が高く、何の資格も技能も無いので他に行く所はあるまいと、足元を見られたのだ。敏雄はハローワークや求人情報誌で他の仕事を色々と探してみたが、結局今の職場以上の条件は見当たらなかった。
それから十五年が過ぎた。敏雄は六畳一間のアパートで作業服に着替えながら、ため息をついた。彼が四十代後半に両親が相次いで亡くなり、実家は家のローンを清算するため売却すると、手元には殆ど残らなかった。
清掃会社の社長も二代目の息子に代替わりしたが、敏雄の身分は相変わらずアルバイトのままだった。彼はもう五十歳になっていたが、いまだに独身だった。
敏雄の不安定な身分と低い収入では結婚相手が見つからず、何より彼自身が女性恐怖症になっていた。彼にとって女性は自分を侮蔑し、虐待する存在だった。普通の男なら堪らなく興奮する女性の陰部も、彼にとっては尿を飲ませ、舌奉仕を要求する怪物であり、女性の尻は彼の顔面を押し潰す凶器であった。
敏雄は女性恐怖症を克服しようと、一度意を決して風俗に行った事があるが、女性とまともに目を合わせられず、伏し目がちでおどおどして、肝心のものが全く勃たなかったので、風俗嬢にすら軽蔑されてしまった。あの女子寮の体験は、敏雄の心をそれ程深く傷付けたのだった。
敏雄はふと、自分の人生を振り返った。普通のサラリーマン家庭に育ち、受験勉強も頑張って、まあまあの大学には行けたものの、就職活動でつまずき、それからずっとアルバイトと派遣の仕事を転々としてきた。そんな状況では資格も技能も身に付く筈は無く、ただ若さだけを失い、就職先はますます無くなっていった。貧すれば鈍するで、出来心で忍び込んだ女子寮で酷い目に遭い、一生の心の傷を負ってしまった。両親も亡くなり、家も失い、五十歳にもなってアルバイトの独身で、安アパート住まいだ。最初の就職活動さえうまくいっていれば、こうはならなかったのにと、再度ため息をついた。
敏雄は自転車で会社に行き、掃除道具を積み込んだ軽四トラックで高級住宅街へ向かった。二代目社長になってからはビル清掃だけではなく、上流階級を顧客としたハウスクリーニングと高級車のクリーニングにも手を拡げていた。敏雄は契約している豪邸の清掃をしながら、自分はこんな家には一生住めず、上流階級の下働きをする下流の人生で一生を終えるのだろうなと思い、暗い表情になった。
「それでは奥様、こちらに御確認のサインをお願い致します。」
清掃を終えた敏雄は、三十代半ばでブランドの服を上品に着こなし、髪も高級美容院でセットしたという感じの、いかにも金持ちの奥様といった女性に確認証へのサインを求めた。
「サインする前に、あなたにお話があるの。ちょっと、こちらに来て頂戴。」
彼女は意外な事を言い出し、敏雄は戸惑ったが、顧客に逆らう訳にもいかず、彼女の後をついて応接間に入り、ソファに座るように促された。テーブルを挟んで、彼女が尋ねた。
「やっと思い出したんだけど、あなた十五年位前に大学の女子寮に忍び込んだ人でしょう?」
敏雄は愕然として、女性を見つめた。封印していた悪夢の記憶が呼び覚まされた。昔よりいくらかふっくらとしていたが、彼女は…加奈子だった。敏雄の体が震えだし、歯をカチカチ言わせながら、ようやくかすれた声を出した
終わり
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猫々みすとれす
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